テーブルの上の離婚届

 引越し業者が手配をした電気工事業者が昼前にエアコンを取り外しに来た。現れた作業員は相撲取りのような規格外の大男。高所でもいとも簡単に手が届いてしまう。  私は、それを見ながら、引越し前に片付けなければならない仕事を、パソコンに向かってサクサクと進めていた。大男はエアコンを壁から下ろすと、私の座る机の前の床に座り、ぜえぜえと苦しそうな息遣いをしながら梱包し始めた。額を見ると、玉の様な汗。冷たいものはと勧めるもやんわりと断られた。  工事の手を止めた時に話を向けた。  世間話から入ったが、相手が身体の大きさを自分から話題にしてきたので、「格闘技か何かをやられていたのですか」と聞いてみた。  すると、嬉しそうに、「私はバカですから」と謙遜しながら、大阪の私立高校・大学でラグビーを本格的にやったと言う。「『花園(全国高校ラグビー)』にも出られたんですか」と聞くと、嬉しそうにうなずいた。  私がラグビーが好きと分ると、男は目を輝かせて話し出した。「新日鉄釜石の黄金時代」「伝説のラガー、坂田選手」とラグビー話で盛り上がった。  「お子さんもラグビーに興味を?」と話を振ると、そこからとたんに雲行きが怪しくなった。  「まだ小さい頃、かみさんと家を出て行ってしまったんですよ」と男は大きな背中を丸めるようにして言った。  「飲み・打つ・買う」はしないものの大の釣りバカで、九州長崎の沖合にある男女群島や種子島等に海釣りに行っていたそうだ。ところがある日、帰宅したら家財道具と共に家族の姿が消え​、テーブルの上に離婚届が置いてあったとのこと。  「それだけじゃないんですよ。同じ様なことがその後も2回あって、私はバツ3なんです」と言われて、彼の人生に大いに興味を持った私の“ジャーナリスト魂”に火が付きかけたが時間切れで断念した。  いやあ、もっと話が聞きたかった!

私の視点 関越道の高速バス事故を考察する

 関越道での高速バスの悲惨な事故を見て如何思われただろう。変だと思われただろうか。

 まずは、防音壁に分断された車両の無様な姿だ。これは素人考えだが、過度の軽量化が影響している様な気がする。乗る人の安全を優先して頑丈な車体にする欧州車に比べて、日本車は低燃費を最優先に「軽ければ良い」としてきた。ここらで立ち止まって考えたいものだ。

 逮捕された運転手が連行されるのに報道陣のカメラに晒されていることにも違和感を持った。彼は確かに悲惨な事故を起こした張本人だが、悪意をもって事件を引き起こしたわけではない。ひき逃げや飲酒運転などの悪質なものとは基本的に違うのだ。こんな時代がかった「市中引き回し」のような仕打ちは、明らかに警察の意図的な演出だ。それに疑問を持たずに乗っかるのはジャーナリズムの本質から逸脱している。

 現場で取材する記者も、それを受けて紙面や画面で報じる編集現場のスタッフも「自分の立場」を考えてこのような事件の報道に携わっているかと問いたい。

 バス会社の労務管理、つまりは過酷な労働環境に運転手が置かれていたとの指摘をしているが、自社の紙面を見たらどうか。どの新聞も「安ツアー」の広告が満載だ。自分達が片棒を担いでいることを忘れてはならない。TVにしても昼の時間帯は特に「安売り、お得情報」オンパレイドだ。情報番組を使ったりして、安い旅の宣伝に加担している。

 そうしてできた「安いのが一番」という風潮は、当然のことだが、どこか弱い所に無理を強いているものなのだ。それを社会全体が思考停止状態になり、見ないように考えないようにしているだけの話だ。

 今回のように、何かのきっかけで矛盾点が出ると、その時、マスコミは一斉に関係者を叩くが、私の目には、それも責任逃れで弱者を叩いているように見える。そんな私は間違っているのだろうか。


私の視点 石原「尖閣購入」問題を考える

 石原慎太郎氏の「尖閣購入発言」に世は騒然。そこに“マスコミ世論”が油を注ぐから氏の発言が今後国政や外交に影響を与えるのは必至だ。

 今、日本は多くの問題に直面し、国家存亡の危機と言っても過言ではない状況だ。今為政者に求められるのは、山積する難問を一つひとつ解決に導いていくことであり好き勝手な趣味発言をして世の中を惑わすことではない。換言すれば、私達は今、この様な妄言に惑わされている暇は無いのだ

 この種の発言の真意がどこにある我々は冷静に考えなければならない。果たして彼が言うように、“憂国の士”である石原氏が、国の将来を純粋に案じて言い出したものなのか。

 私の目にそうは映らない。今回の発言は、権力者が物事に行き詰まった時によく使う、「責任逃れをするために外に敵を作る」やり方に見えてしまう。

 私は長年、政治家、石原慎太郎を見てきた。彼の政治家としての言動は限りなくエゴイスティックであり、市民目線からは遠く離れたものである

 かつて自民党の衆院議員であった石原氏は過激発言を繰り返し、タカ派議員を集めて青嵐会を結成、“クーデター”を謀ったが、あえなく失敗。その後も国を右に大きく舵を切らせようと動くも、同調者が相次いで離反。すると、それに嫌気がさした石原氏は「もう政治なんかやめた」と政界か身を退いた。

 文壇に戻ったものの、世間(マスコミ)の注目度は政治家に対するものの比ではない。マスコミへの露出激減した。それに寂しくなったか、ある日突如、石原氏は政界への復帰を宣言した。1千万都民の有権者が直接投票によって選ぶ都知事の椅子を狙っての出馬だ。

 石原氏には、その政治家人生で一度だけ屈辱を味わわされた苦い経験がある。1975年、当時の美濃部都知事に挑戦状を叩きつけて、自民党から都知事選に打って出たが、あえなく落選している

 1999年の都知事選は、石原氏の権力への欲望と、屈辱を人生の一頁から消し去るための雪辱を期す戦いであった。「石原軍団」を広告塔に弟の故裕次郎の人気を最大限に利用して石原氏は当選した。もちろん、霊友会などの宗教団体の支援があったことも忘れてはならない。

 都知事になった石原氏は、徹底した行革を行ない、財政再建を果たしたとされている。ところが、その内実は、弱者切りと行政サービスの後退である。福祉の現場から悲鳴が上がるも、その声は石原氏に強さを求める都民には届かず、その後も選挙に悪影響を及ぼすことはなく連戦連勝、昨年4選を果たした

 その勢いをかって、今度は政界再編に絡みたいと新党結成に動き出した。「国民新党」の亀井静香氏や「たちあがれ日本」の平沼赳夫氏との新党構想は、当初注目を集めたものの、やがて手詰まり感から空中分解。石原氏の「次なる一手」にマスコミが注目した。今回の発言が行われた記者会見では、新党構想に関する発表があると見られていた。

 今回新党構想ではなく、尖閣の話を持ち出したということは、裏を返せば、自分には一人で新党を結成し、政界に殴り込みをかけるエネルギーはもはやない。だからといって、今更ながら、時代の寵児となった橋下府知事の仲間入りでは格好がつかないしかし、このままでは引き下がれない、と取れなくもない。

 つまり、新党構想に行き詰った石原氏が「尖閣」に逃げ道を見つけたのではないかということだ。この問題は、消費税増税や反原発と違って“手垢”がついていない。注目度も超ド級だ。これならば、「憂国の士」として後世に名を遺すことも可能だ。新党構想の失敗なんぞは一挙に吹き飛ばしてくれる。

 案の定、目論みは大当たり。冒頭で書いたように、国中が上を下への大騒ぎになった今後これに勢いを得た石原氏が再度、政界再編に大胆な動きを見せるかどうかは定かでないが、いずれにしても石原氏一流のめくらましに惑わされた格好だ。

 このような妄言を実行に移せば、どのような事態になるか想像に難くない。それよりも先ずは、山積する難問を片付けることだ。それからじっくりと、外交に取り組めば良い。

 尖閣諸島を含む近隣諸国との領土・領海問題については、後日持論をご紹介させていただくつもりだ。



 


ASEのフィナーレ 珠玉の35年間

 ASE英会話スクールのお別れ会は、3日間に渡って行なわれ、総計100人の生徒や元生徒が顔を見せてくれた。

 最終日には、50人を超す来訪者が入れ替わり立ち代りで満員御礼。

 皆さんが持ってきてくれた花と菓子と、そして笑いに包まれる良い集まりになった。

 icebreaking型自己(他己)紹介では、思い出話に会場が沸いた。アイルランドに住むキーラン元講師夫妻のスカイプ参加、我々夫婦の紹介ビデオ、それに人形劇と盛り沢山な内容で大盛り上がり。

 参加者からは本当に多くの身に余る褒め言葉を頂戴した。35年間の珠玉の日々が走馬灯のように脳裏に浮かんだ。

 時に、子供に関わる内に裁判沙汰になることや、家庭内暴力にまで巻き込まれることもあった。その一方で、楽しいことも数知れず。何組もの“ASEカップル”が誕生したり、門下生達が夢を見つけて巣立っていったのは誇らしい思い出だ。

 予期せぬ参加者の姿に驚いた。30年前に入学し、英会話よりも「おもしろ倶楽部(面白い人を呼んだり、面白い人を訪ねる活動)」に熱心だったNさんが、心臓病を患い殆んど外出していないという状態なのに、無理をして顔を出してくれた。直ぐに退散する彼女の手を握り、謝意を述べたが、彼女の握り返す力が弱々しく、時の経過を実感した。

 また、私に激怒されて2年近く距離を置いていた高校生が「怒られたけど感謝してました」とわざわざ言いに来てくれたのも嬉しかった。そんなことを言うだけに来た彼が愛おしく、人目も無かったので廊下で思わず奴をハグした。

 35年間を振り返ってみると、苦労したこともあったかもしれぬが、今ではそんな苦労もはっきりとした記憶ではなく、「思い出のアルバム」の一頁にしか過ぎない。それよりも、楽しく過ごした日々のことがアルバムの殆んどを占めている。

 そんな経験を持てたのも、生徒や関係者の皆さんのお陰だ。この場を借りて皆さんに心からお礼を申し上げたい。

 本当に教師冥利に尽きる35年間でした。ありがとうございました。

講演会『原発とメディア』最終の(多分)お誘い

  講演会『原発とメディア』は、開演まで残すところ1週間。

 原子力を巡るメディアの迷走振りを自省した連載の朝日新聞記者による講演版です。画期的な企画だと自負しています。メディアへの疑問が噴出している時だけに、皆さんがメディアに対して直接問いかける機会を作ろうと、特別にQ&A時間を1時間近くたっぷり設けました。司会は私です。

 参加者が殺到すると見てウィメンズプラザのホールを借りたのですが、意外や意外。原発を何とかしなければという熱が冷めたのか、まだ半分も埋まっていません。恐らくこれから申し込みが多く来て最終的には250席が満員となると思いますが、広報が必要のようです。

 というわけで、残席に余裕があります。特に若い人たちに来て欲しいですね。あ、もちろん、若くない人も、です。

 入場料はそんなわけで、大人1000円のところを学生は500円にしました。苦し紛れにそうしたのかって?う〜む、否定は出来ません。

 下のURLをクリックして、そのままの勢いで「参加のクリック」を押してください。←怪しい商法みたいですね。
http://bridgeforpeace.jp/primary/20120421/


 


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