さようなら、中泉さん

今日は朝から悲しみが止まらない。

本ブログに「T」の名で時折書き込んでくれていた秋田の友人、中泉俊幸さんが18日、急逝したからだ。40歳の若さでの旅立ちであった。

中泉さんは、乗福時という寺の跡取りで、檀家のみならず地域住民の厚い信頼を集めるお坊さんであった。前日も三ヶ所の葬儀で故人を送り出すなど疲労が重なっていた上に平和活動の集まりなどで動き回っていたことが死を早めたのではないかと、知人は言う。

彼との出会いは7、8年前に遡る。時の小泉政権が、対イラク戦争に加担して、自衛隊を送ろうとしていた。

それに反対する中泉さんたちの秋田のグループが私を呼んで講演会を催してくれたのだ。

それ以来、電話やメイルでのやり取りが多かったが、時に中泉さんが上京したりすると、食事をしながら談笑した。

先月に行った秋田取材の際には、中泉さんに通訳していただく方から車で案内していただく方まで手配していただいた。この取材は、ひとえに中泉さんのお陰と感謝している。

来年秋田取材に行く予定の直子にも温かい声を頂いていた。

余りにも早い他界に朝から何度も涙した。

中泉俊幸さんのご冥福を心からお祈りします。

私の視点 密輸トンネルではなく「命のトンネル」

 イスラエルのガザへの空爆は止まらず、29日も続けられ、死傷者の数は3日間で1000人を超えた様だ。一方、イスラエル側にもパレスチナ側からのロケット砲撃によって3人の死者が出た模様だが、その差は歴然としている。

 日本の報道を見ていて特に気になったのは、イスラエルの空爆の標的の中に、「パレスチナ側が境界線の下に作った多くの密輸トンネル」という情報だ。記事を読む限りでは、「違法トンネル、それも武器の持込に使われているものなのだから壊すのは当然」という印象を受ける。

 だが、それらのトンネルがそんなにいけないものなのか。考えてみたい。

 ガザの総面積は約360平方キロ。横浜市よりも狭い。そこに約150万人が住むが、陸の境界線の大半はイスラエルに接し、制海権もイスラエルの支配下にある。南部だけはイージプト(エジプト)と接しているが、イスラエルが作った高い壁と有刺鉄線に往来を阻まれている。そこに作られた検問所はイスラエルの支配下にある。

 通常の戦争であれば、命を守るために住む場所を離れることも選択肢として残されている。だが、ガザの人たちは戦火を逃れようにも国外に出る術は無く、否応無しに戦火にさらされることになるのだ。

 今回の武力衝突は、当然のことだが今に始まった事ではない。約3年前、それまで軍事占領をしていたイスラエルが撤退した後も引き続き行なわれてきたことだ。

 当時イスラエルは全面撤退をしたと世界にアピールしたが、冗談ではない。イスラエルは、ガザの住民を「籠の鳥」状態に置いておくという、まさに人間にあるまじき行為で支配を続けてきたのだ。

 そうしておいて、いざハマースからの攻撃があると、イスラエルはガザの境界線に設けられた検問所の全てを閉鎖して、たとえ食糧の輸入さえも禁止してしまう。UNRWA(国連難民救済機関)などの人道支援さえも許さない極悪非道の政策を取っている。先月にしても、UNRWAによれば、一日に最低限必要とされる支援(缶詰肉や燃料をトラック15台分)は、37台分しか許されなかったという。その一方で空爆を行なうのだ。

 イスラエルは、ロケット砲撃がどうたらこうたら、境界線に地下トンネルが云々カンヌンと言って言い訳に終始しているが、人の土地のみならず、命や自由を奪っておいて、そんな言い草が許されるはずが無い。

 日本のマスコミも、地下トンネルを“密輸”などと形容しているが、冗談ではない。何故にそのような読者や視聴者が「悪いもの」と先入観念を持ってしまう表現をする必要があるのか。

 あれは密輸トンネルではなく、自分たちを、いや、自分たちの子ども達を守る「命のトンネル」なのだ。

 食糧や医薬品だけでなく武器を持ち込んでいる?だから地下トンネルはいけない?

 地下トンネルを使って武器を持ち込んでいるのは事実である。それを否定はしない。だが、基本は生活必需品のためのものだ。最初は、苦肉の策から生まれた「生きる為の道」だったのだ。

 武器の持込みについても、私には持論がある。

 私は、皆さんご存知のように平和主義者である。当然のことだが、武器に対しての嫌悪感も強い。非暴力の戦いを理想としている。だが、他国からの侵略や人権蹂躙に対しての武装蜂起までをも否定するものではない。だから、その地下トンネルが武器の持込に使われようと、地下トンネルの存在そのものを批判するのを善しとしないのだ。

 ガザの人たちは、世界から見放され、生きる為に必死である。60年間自由を封殺され、その上に長きにわたる兵糧攻めをされている。そんな人たちに救いの手を差し伸べることがあっても、批判することがあってはならない。

 こういう状況下に人を長く置けばどういう結果を招くか我々は真剣に考えなければならない。我々は無意識に「“テロリスト”を育てている」ということを。

私の視点 元厚生官僚暗殺事件に想う

 厚生行政の事務方トップを務めた二人の自宅が連続して襲撃されて死傷者が出た事件は、閉塞状況の中でますます我々を暗澹たる気持ちにさせてしまう。

 私はお二人と個人的な面識はなく、人柄などはマスコミ報道で得られるものでしかないから「個人的な事情による犯行」の可能性については、全く分からない。

 ただ、状況証拠から大方が推察する「テロ」の可能性については否定できない。と言うか、その可能性は高い。

 今のところ、二つの事件に関連性がある「連続暗殺計画」との見方が有力だが、不可思議に思えてならない部分がある。それは、通常この種の連続して行なわれるテロは、捜査機関が本格的に態勢を整える前に遂行するものだ。それが今回の場合、最初の事件から次の事件までの間に時間がありすぎる点だ。これは、実行犯(グループ)が警察を相手に大胆な「劇場型犯罪」にしようと企てているようにも見える。

 山口夫妻の死亡推定時刻は発表されていないが、近所の住人の18日夜に山口氏宅で「男の声で言い争っていた」との証言がある。これが事実だとすると、二つの事件の間には24時間近くの時間差があったことになる。もし仮にそうでなくても、山口夫妻の死体が発見されてから吉岡氏の自宅が襲撃されるまでに8時間が経過している。

 二つの事件が同一の組織によるものであるとするなら、ほぼ同時に実行していたはずだ。この警察をからかうような犯行から「グリコ・森永事件」を想起した人も少なくないだろう。

 一方、警察の動きだが、警察の対応にも生ぬるさ、危機意識の欠如を見る。

 厚生労働省への不満が全国を覆っている時だ。特に年金への恨みつらみは未曾有のエネルギーを孕(はら)んでいる。失礼ながら「年金のスペシャリスト」として知られていた山口氏が恨まれても仕方がない理由は十分にある。その山口氏が殺害されたのだから、捜査当局は個人的な怨恨の線だけでなく、暗殺の可能性も考えて事件発覚直後から「次の事件」の予防態勢を整えるべきだったのだ。

 これは、二番目の事件が起きたから言うのではない。危機管理の分野では「当然」の部類に入る想定だ。その想定に基づいて警戒していれば、吉岡氏の奥さんが襲われることを未然に防げたかもしれない。

 繰り返しになるが、危機管理に於いて「次の事件の予防」態勢を敷くのは必須である。そんな基本中の基本が日本の警察は出来ないのかと私は驚いた。つまりは、山口氏夫妻の殺害が発覚した時点で、何故警視庁は山口氏のかつての上司で「年金のプロ」として共に仕事をしていた吉原氏周辺の警護をしなかったのか、私は理解に苦しむ。

 その辺りの事情は後日判明してくるであろうが、今後に是が非でも活かして再発防止に努めてもらいたいものだ。

 捜査当局の対応とは別に、この事件のネット上の反応を見てみようと、様々なサイトへの書き込みを読んでみた。

 年金問題への恨みもあるだろう。被害者への度を越した表現が目立つが、それは絶対にするべきではない。そんなに不満であるのなら厚生労働省や社会保険事務所に直接抗議に行けばいいこと。それをしないで、人の死に乗じて、それも匿名を良い事に鬱憤晴らしをする行為なんぞは、愚の骨頂だ。

 今回の事件を色々考えているうち、戦前の「暗闇の時代」に思い至った。

 明治維新以降、日本では要人の暗殺が頻発した。昭和に入るとさらにそれが加速していった。また、1929年の金融恐慌が長期にわたって国民を苦しめると、それがまたさらに後押しするかのように多くの暗い事件が起きた。

 二・二六事件などもその一つだ。そこから軍部にたまっていた不満やエネルギーは、行き先を海外に求めて侵略へと導かれていったのだが、当時は軍人によって政治家が狙われることが多かった。その背景には、当時は政治家の権限が強く、特定の政治家を殺せば、政治が変わるという思い込みが軍人の間に強く存在したと思われる。

 だが、当時に比べれば、事の善悪は別にして、政治家の指導力・影響力は格段に弱くなっている。そう。「おバカな政治家」をあざ笑うかのように官僚が実権を握り、日本を動かしているのだ。だから、今日ではテロの標的は、政治家よりも官僚に移行した可能性もある。

 今回の事件がそういう観点から起こされた暗殺計画だとの有力な判断材料は今のところないが、いずれにしても嫌な予兆が色々と感じられる事件である。事件の早期解明を願うばかりだ。

 どんな事情があろうとも、暴力がものを言う世の中にしてはならない。また、軍人が政治に口出しをすることも許してはならない。先日も田母神空幕長の更迭問題が世の中を騒がせたが、その時の彼の開き直った態度を見ていると、「文民統制」に危険信号が点り始めた気がしてならなかった。

 そんな「官僚や政治家への不満」と「自衛隊の暴走」という二つの動きが共に同じ方向を向いて動き出せば、「いつか来た道」は現実のものとなる。そうならないためにも、われわれ一人一人が「政治」を自分たちのものとして真剣に考えて積極的に参加していかなければならない。さもなくば、後世に禍根を残すことになるだろう。 

私の視点 二人の黒人大統領候補

大統領選を勝ち抜いたバラク・オバーマ氏の勝利演説を聞いていて、20年前に同じ民主党の、それも初の黒人大統領候補として名乗りを上げたジェスィー・ジャクソン氏の党大会における演説を思い出した。

 それは、アメリカが今と同じように巨額の財政赤字を抱え、深い経済の落ち込みに苦しんでいた時代で、多くのアメリカ人が「もう、アメリカは終わりだ」と嘆いていた時期だ。

 私はその頃、パレスチナやレバノンの紛争や内戦、イラン・イラク戦争をまさに死に物狂いになって取材していた。ジャクソン氏の演説は、イラクからのミサイルが飛んでくるイランの前線にいる時、ラジオで聴いた。

 熱い演説であった。彼の一つひとつの訴えは聴く者の心の深奥に響いてきた。後になって多くの有色人種が彼の演説に涙したと聞かされた。

 それと同じように、オバーマ氏の勝利宣言も、演説としては秀逸で、後に名演説に数えられる可能性もあるだろう。

 泡沫候補と目されていた存在が、有力な「初の黒人大統領」になった、ジャクソン氏とオバーマ氏にはいくつもの共通点がある。特に、「時代が変化を求めている」という点では、時代背景、社会状況は酷似している。だから、オバーマ氏の演説を聞いていてジャクソン氏を思い出したのだが、マスコミや評論家の2人の比較に私は違和感を感じてしまう。二人の間には、酷似しているようで大きな違いがあるからだ。私はただ単に2人が比較対照される関係とは見ていない。80年代のジャクソン氏があって、今日のオバーマ氏がある、つまりは、ジャクソン氏の果敢な挑戦が今回のオバーマ氏の当選に陰に陽に大きく貢献したと見ているのだ。

 日本の人たち、特に若い人たちにジャクソン氏のことを話しても、多くがその存在する知らないから彼の活躍も少し紹介しながら書き進めていこう。

 人権活動家として有名であったキング牧師が、ジャクソン氏を後継者として世に伝えた頃、彼がやがて有力な大統領候補になるとは誰も想像だにしなかった。1984年に民主党の指名候補争いに名乗りを上げても、人権活動家の“箔付け”位にしか取られなかった。

 それが、1988年の指名争いでは、あれよあれよと言う間に勢いに乗り、一時期は民主党の候補の本命と言われるまでになった。NYタイムズ紙のジョニーで知られたR.W. アポル(Apple)記者が、選挙年の1988年を「ジャクソンの年」と名付けたほど、選挙戦におけるジャクソン氏の躍進は目覚しかったのだ。

 しかし、そうなると、当時はまだ色濃かった「白人至上主義」があちこちに見え隠れするようになり、黒人と言うだけでなく、それに加えて人権活動家として知られていたジャクソン氏は、最終的にはマイコル・デュカキス氏に民主党代表の座を奪われる結果となった。

 そういった記憶がまだアメリカのメディアには色濃く残されていたのだろう。多くのメディアが、オバーマ氏が有利でも、まずは党の候補者指名争いで白人のヒラリー・クリントン氏に最終的に敗れるのではないか、大統領選でマケイン氏に土壇場でひっくり返されるのではないかとどこかから否定的な要素を探し出して来て騒ぎ立てた。

 だが、選挙民の目は確実に変わっていたのだ。

 20年前、ジャクソン氏を選ばなかったために、その後アメリカがどうなったのか。自分たちのその時選んだ大統領であるブッシュ氏(現大統領の父)は経済をますます悪化させただけでなく、湾岸戦争において国を分裂状態にさせてしまった。90年代、「小さな政府」をスローガンに掲げて財政を立て直したクリントン政権に飽きて、よせば良いのにジョージ・ブッシュ(現大統領)に「古き良きアメリカ」を見て大統領にしたものの散々な目に遭ってしまった。その事に人々は気付いたのではないだろうか。いや、たとえ気付かずとも無意識にそういった力が働いた可能性は高いのではないか。それは、アイオワ州のような住民の9割以上が白人という土地でオバーマ氏が勝利を収めたことである程度証明されると私は考える。

 1988年にジャクソン氏が置かれた状況に比べれば、今回は変革を求める声が圧倒的に強く、それがオバーマ氏の追い風となった。

 政治外交面では、88年の選挙の時にはイラン・イラク戦争が終結していたし、大きな戦争や紛争を抱えていなかった。「最大の敵」であった共産圏は経済状況が逼迫しており、東西冷戦構造の終焉の足音が聞こえていた。つまりは、自由主義圏には安定期であったのだ。ところが、20年後の今は、イラクやアフガニスタンに派兵したものの苦戦を強いられており、国民の間に好戦的な共和党離れの空気が強まっていた。

 経済状況にしても、80年代後半が不況にさいなまれていた時代であったといっても、今回のような「100年に一回」の金融恐慌に直面していたわけではない。

 また、よく言われた人種問題も、オバーマ氏が「黒人」というくくりをされているが、米国民の、特に白人の中には、彼の血には半分自分たちと同じものが混じっているということ、また、同じ黒人といっても「奴隷の子孫」でないことが、たとえ無意識にでも今回の投票行動に影響していたのではないかと私は見ている。

 もちろん、オバーマ氏にとって20年前よりも不利な点がなかったわけではないが、全体的に見れば、オバーマ氏に有利に働く要素は格段に多かったといえる。

 ジャクソン氏の80年代の果敢な挑戦がなければ、今日のオバーマ氏の勝利はなかっただろう。朝日新聞の加藤洋一アメリカ総局長が、「米国民が示した選択の本質は、『オバマ氏の勝利』というより『現状の拒否』であることが明らかだ」としているが、その辺りを間違えてオバーマ氏に過大な期待を抱くのは危険なことだ。

 最後に、演説を聴いていて気になった点を挙げておきたい。

 演説の最後の方で語っていた「我々の港が爆撃され」という部分だ。

 これは、アメリカがこれまで幾つもの直面してきた困難を乗り越えてきたという章で話されていたものだ。私は演説を聞いていて耳を疑った。ここで真珠湾攻撃の話を持ち出すのはあまりに不自然だ。その理由を聞かれれば、彼がホノルル生まれであったからと言うかもしれないが、演説の中では「911」に全く触れずに、この真珠湾攻撃だけが象徴的に語られたのだ。

 私にはこの言葉を分析するだけの能力はない。これが、近い将来、我が国に向けられる敵対行為を示唆するものではないと思うが、それにしても不自然で不可解だ。

私の視点 露力士の解雇に疑問

 ロシア人力士二人の解雇が決まった。しかしながら、その決定にマスコミから疑問の声が上がる気配はない。それどころか、二人への風当たりは強まるばかりだ

 一体マスコミはどうしてしまったのだろう。前回指摘したように簡易検査の結果だけで実名を公表したり、「大麻汚染」が事実なら解雇も当然といった論調を展開して「世論」に仕立て上げるやり方は報道機関にあるまじき行為だ。

 結果的に精密検査が“クロ”であったから、また二人に吸引歴があったのだからマスコミの取上げ方が正しかったとする向きもあるかもしれないが、私はその結果がどうであれ、あのような状況で実名報道をするべきではないと考える。

 また、どの報道機関もあまり触れていないが、二人が吸引したという薬物の何たるか、それに加えてその薬物使用の「悪のレヴェル」の検証をするべきではないのか。読者の松永さんがコメント欄に「大麻とは何か」と題する一文を紹介されているのでお読みいただきたいが、日本では大麻の何たるかが理解されていない。

 英国を例にとって見たい。大麻は確かに彼の地でも薬物の一種とされているが、Home Office(内務省)のホーム・ペイジを見てもトランキライザーや鎮痛剤と同等の一番低い扱い(Cランク。Aランクにはヘロインやコケイン、Bランクにはアンフェタミンなどの合成覚醒剤が入っている)だ。

 アンフェタミンなどは、軍隊がパイロットなどに「疲労抑制」や「長時間の緊張の継続」を目的として使われる薬剤だ。

 Cランクの薬剤に関しては、公に服用が認められるわけではないが、それだけで逮捕に至ることはほとんど考えられない。大麻の吸引に関しては、公式の調査ではないが、一般的に少なくとも英国民の20人に1人は経験していると言われている。有名スポーツ選手の多くが愛用しているとも言われる。

 だからといって私はもちろん大麻の使用を奨励したり、吸引した行為に目をつぶれと言っているのではない。以前に起きた「相撲部屋殺人事件」のような大罪と同系列に置いて解雇というのはひどすぎると言いたいのだ。

 しかも、露力士たちが大麻使用に関わる日本の法律とそれに伴う罰則をきちんと説明されていたのならまだしも、そのような教育もきちんと受けていなかったというではないか。少なくとも新弟子の時に強制的に半年間通わされる「相撲教習所」でその種の教育を受けているかと思ったが、私の調べた限りではそのような形跡はない。

 事の深刻さを力士たちに理解させる努力を怠った責任は相撲協会になかったか。私はその点を問い質したい。

 繰り返して言うが、大麻吸引はヨーロッパの人たちの感覚では罪の意識の薄い犯罪である。それを起こしたからといって、しかも初犯である、いきなり解雇するやり方は、人権問題でもあると私は考える。

 世論、いやマスコミの目を気にする余り、相撲協会は先に逮捕された若ノ鵬(起訴猶予で釈放された)を含む3人の露力士を解雇処分にしたと思うが、こんなやり口は自分たちの弟子の教育の失敗やこれまでに噴出してきた相撲界への不満を彼らに押し付けているだけだ。

 マスコミは、露力士3人を一種のスケイプ・ゴウト(贖罪のヤギ)にして本質から目を逸らさせて一連の不祥事に幕を引こうとしている相撲協会に手を貸すことを直ちにやめるべきだ。

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