<< 侵略戦争ではなかった?! | main | さようなら 筑紫さん >>

私の視点 二人の黒人大統領候補

大統領選を勝ち抜いたバラク・オバーマ氏の勝利演説を聞いていて、20年前に同じ民主党の、それも初の黒人大統領候補として名乗りを上げたジェスィー・ジャクソン氏の党大会における演説を思い出した。

 それは、アメリカが今と同じように巨額の財政赤字を抱え、深い経済の落ち込みに苦しんでいた時代で、多くのアメリカ人が「もう、アメリカは終わりだ」と嘆いていた時期だ。

 私はその頃、パレスチナやレバノンの紛争や内戦、イラン・イラク戦争をまさに死に物狂いになって取材していた。ジャクソン氏の演説は、イラクからのミサイルが飛んでくるイランの前線にいる時、ラジオで聴いた。

 熱い演説であった。彼の一つひとつの訴えは聴く者の心の深奥に響いてきた。後になって多くの有色人種が彼の演説に涙したと聞かされた。

 それと同じように、オバーマ氏の勝利宣言も、演説としては秀逸で、後に名演説に数えられる可能性もあるだろう。

 泡沫候補と目されていた存在が、有力な「初の黒人大統領」になった、ジャクソン氏とオバーマ氏にはいくつもの共通点がある。特に、「時代が変化を求めている」という点では、時代背景、社会状況は酷似している。だから、オバーマ氏の演説を聞いていてジャクソン氏を思い出したのだが、マスコミや評論家の2人の比較に私は違和感を感じてしまう。二人の間には、酷似しているようで大きな違いがあるからだ。私はただ単に2人が比較対照される関係とは見ていない。80年代のジャクソン氏があって、今日のオバーマ氏がある、つまりは、ジャクソン氏の果敢な挑戦が今回のオバーマ氏の当選に陰に陽に大きく貢献したと見ているのだ。

 日本の人たち、特に若い人たちにジャクソン氏のことを話しても、多くがその存在する知らないから彼の活躍も少し紹介しながら書き進めていこう。

 人権活動家として有名であったキング牧師が、ジャクソン氏を後継者として世に伝えた頃、彼がやがて有力な大統領候補になるとは誰も想像だにしなかった。1984年に民主党の指名候補争いに名乗りを上げても、人権活動家の“箔付け”位にしか取られなかった。

 それが、1988年の指名争いでは、あれよあれよと言う間に勢いに乗り、一時期は民主党の候補の本命と言われるまでになった。NYタイムズ紙のジョニーで知られたR.W. アポル(Apple)記者が、選挙年の1988年を「ジャクソンの年」と名付けたほど、選挙戦におけるジャクソン氏の躍進は目覚しかったのだ。

 しかし、そうなると、当時はまだ色濃かった「白人至上主義」があちこちに見え隠れするようになり、黒人と言うだけでなく、それに加えて人権活動家として知られていたジャクソン氏は、最終的にはマイコル・デュカキス氏に民主党代表の座を奪われる結果となった。

 そういった記憶がまだアメリカのメディアには色濃く残されていたのだろう。多くのメディアが、オバーマ氏が有利でも、まずは党の候補者指名争いで白人のヒラリー・クリントン氏に最終的に敗れるのではないか、大統領選でマケイン氏に土壇場でひっくり返されるのではないかとどこかから否定的な要素を探し出して来て騒ぎ立てた。

 だが、選挙民の目は確実に変わっていたのだ。

 20年前、ジャクソン氏を選ばなかったために、その後アメリカがどうなったのか。自分たちのその時選んだ大統領であるブッシュ氏(現大統領の父)は経済をますます悪化させただけでなく、湾岸戦争において国を分裂状態にさせてしまった。90年代、「小さな政府」をスローガンに掲げて財政を立て直したクリントン政権に飽きて、よせば良いのにジョージ・ブッシュ(現大統領)に「古き良きアメリカ」を見て大統領にしたものの散々な目に遭ってしまった。その事に人々は気付いたのではないだろうか。いや、たとえ気付かずとも無意識にそういった力が働いた可能性は高いのではないか。それは、アイオワ州のような住民の9割以上が白人という土地でオバーマ氏が勝利を収めたことである程度証明されると私は考える。

 1988年にジャクソン氏が置かれた状況に比べれば、今回は変革を求める声が圧倒的に強く、それがオバーマ氏の追い風となった。

 政治外交面では、88年の選挙の時にはイラン・イラク戦争が終結していたし、大きな戦争や紛争を抱えていなかった。「最大の敵」であった共産圏は経済状況が逼迫しており、東西冷戦構造の終焉の足音が聞こえていた。つまりは、自由主義圏には安定期であったのだ。ところが、20年後の今は、イラクやアフガニスタンに派兵したものの苦戦を強いられており、国民の間に好戦的な共和党離れの空気が強まっていた。

 経済状況にしても、80年代後半が不況にさいなまれていた時代であったといっても、今回のような「100年に一回」の金融恐慌に直面していたわけではない。

 また、よく言われた人種問題も、オバーマ氏が「黒人」というくくりをされているが、米国民の、特に白人の中には、彼の血には半分自分たちと同じものが混じっているということ、また、同じ黒人といっても「奴隷の子孫」でないことが、たとえ無意識にでも今回の投票行動に影響していたのではないかと私は見ている。

 もちろん、オバーマ氏にとって20年前よりも不利な点がなかったわけではないが、全体的に見れば、オバーマ氏に有利に働く要素は格段に多かったといえる。

 ジャクソン氏の80年代の果敢な挑戦がなければ、今日のオバーマ氏の勝利はなかっただろう。朝日新聞の加藤洋一アメリカ総局長が、「米国民が示した選択の本質は、『オバマ氏の勝利』というより『現状の拒否』であることが明らかだ」としているが、その辺りを間違えてオバーマ氏に過大な期待を抱くのは危険なことだ。

 最後に、演説を聴いていて気になった点を挙げておきたい。

 演説の最後の方で語っていた「我々の港が爆撃され」という部分だ。

 これは、アメリカがこれまで幾つもの直面してきた困難を乗り越えてきたという章で話されていたものだ。私は演説を聞いていて耳を疑った。ここで真珠湾攻撃の話を持ち出すのはあまりに不自然だ。その理由を聞かれれば、彼がホノルル生まれであったからと言うかもしれないが、演説の中では「911」に全く触れずに、この真珠湾攻撃だけが象徴的に語られたのだ。

 私にはこの言葉を分析するだけの能力はない。これが、近い将来、我が国に向けられる敵対行為を示唆するものではないと思うが、それにしても不自然で不可解だ。

コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
トラックバック
calendar
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    
<< October 2017 >>
selected entries
categories
archives
recent comment
recent trackback
recommend
recommend
recommend
links
profile
search this site.
others
mobile
qrcode
powered
無料ブログ作成サービス JUGEM