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鳩山由紀夫と私

 民主党の鳩山由紀夫代表が、16日召集された第172特別国会の首相指名選挙で、第93代、60人目の首相に選ばれた。

 一国の首相となった鳩山由紀夫氏と私を対比する大仰なタイトルだが、かといって格別な交流があるわけではない。彼の面前を、“無礼”にも知らん振りして素通りしただけの話だ。それをこれからこのような大げさな見出しを付けてご紹介しようとしている。

 話は一昨年の春にさかのぼる。その3ヶ月前、私は突然さいたま市議会議員選挙に出馬宣言をしていた。当市の市議会が老朽化する小中学校の建物を放置しており、大地震が起きても何とか耐えられるであろうという耐震化率ひとつとってもなんと35%という目を覆いたくなる惨状にあったからだ。公約を「災害に強い街づくり」に絞っての立候補であった。

 投票日が近付くと、各候補者陣営は余裕を失い、目の色を変えて醜態を演じていた。街を行く有権者に、「最後のお願い」を声を振り絞って、土下座せんばかりにお辞儀をして繰り返す者も多かった。

 「ええかっこしい」の私は、そんな騒動とは一線を画して、集まってくれた支援者たちと「政治とは?」等をテーマに話し合いながら選挙戦を戦っていた。

 その日、支援者の一人Mさん(50代の視覚障害を持つ女性)が期日前投票をしたいと言うので、宣伝カー(と言っても、6人乗りのかわいい車)を投票所があるJR南浦和駅西口広場に向けた。

 Mさんはその日が人生初の投票であった。「政治家なんて誰も信用できないと思っていたから投票したことはありません」と言っていた彼女は、以前から私の知り合いであったが、駅前で私の演説を聞き、感じ入るものがあったからと支援を申し出てくれていた。

 彼女が「初投票」をしている間、私は駅前で演説をするつもりであった。一票でも多くの票が欲しいことは当然のことだが、一人でも多くの市民に「校舎や体育館の耐震化の実情」を知って欲しかった。そして、市民の間から“風”を起こしたかった。だから、1分でも無駄にしたくないというのが本音であった。

 広場が見えるところに来ると、民主党の旗があちこちに翻っていた。黄色い「民主党ジャンパー」を着た関係者や支援者が広場全体を埋め尽くしていた。

 「鳩山由紀夫幹事長、南浦和西口に来る」の看板が目に入った。支援者たちから「どうしよう?」という声が上がった。私の気持ちに迷いはなかった。

 広場に車を止めようとすると、民主党ジャンパーの何人かが走り寄って来て、しばらくは選挙活動を遠慮するように頼んできた。聞くと、3時間前からここを占拠しているという。私は車を止め、「責任者と話がある」と言った。

 責任者らしき男性が飛んできて「すみません。鳩山幹事長が来られるのでもうしばらくご遠慮下さい」と頭を下げた。その姿にごうまんさはなかった。それよりも、人の良さと気の弱さがにじみ出ていた。

 「あなたたちは聞くところによると、もう3時間も前からここを占拠しているそうではないですか。これは、『選挙運動のための街頭演説をする者は、長時間にわたり、同一の場所にとどまってすることのないように努めなければならない』とする公職選挙法違反ですよ」と言うと、

 「私たちは二人の候補が交互にやっていますから違反に当たりません」と、その責任者は返してきた。

 「それは、ザル法である公職選挙法の網の目をぬって行なう卑怯なやり方で、民主党がこれまで自民党に対して批判をしてきた行為ですよ。選挙活動は、人や物の数で圧倒するものではありません。こんなことをするのは、民主主義とは言えない。あなたの党は民主主義を標榜しているのではなかったのですか」と私は彼に対して詰問した。

 その一方で、私は直子に拡声器を使って駅前の通行人にやり取りを実況中継するように指示をした。当然のことながら、ひとだかりがした。

 すると、この地区選出の高山衆院議員が責任者と代わって私と対峙した。

 高山氏は、最初は強気に対応してきたが、勝ち目がないとなると、「本部から言われているので」とこちらの情けにすがる作戦に変えた。その時には、私たちから5,6メートル離れたところには、鳩山氏の姿があった。

 その情けない表情に、私は苦笑して、「30分だけ許しましょう」と言って、広場の占拠の続行を許した。

 私たちは、たった6人の小グループであったが、堂々と鳩山氏の前を通り、近くの喫茶店に向かった。こういう旗(選管から発給されるもの)を先頭に進む行列を選挙では「桃太郎」と言うそうだが、この日の桃太郎、鳩山氏の目には相当奇妙に映ったのであろう。私の視界に入った鳩山氏は、いつもにも増して“宇宙人”っぽい表情をしていた。

 喫茶店の前に来た時、さっきまで私と話をしていた責任者が私に駆け寄ってきた。そしてひと言。

 「浅井さん、民主主義って何ですか?分からなくなりました」

 我々は彼の言動に驚愕した。残念ながら私は彼に対して何と答えたかを記憶していない。ただ、優しい言葉はかけたような気がしている。

 休憩をして、鳩山氏の演説が終わったのを確認した我々は、元いた場所に戻った。

 高山議員が笑顔で私に歩み寄ってきた。そして、横にいた県議と市議候補2人に対して、「木村、丹羽、浅井さんが武士の情けで場所を譲ってくださったんだ。謝れ!」と命じた。

 私はそこで高山氏に言った。

 「高山さん、謝らなければならないのは、右も左も分からずにいる2人ではない。この地区を仕切っているあなたですよ」

 高山氏が平謝りをしたから私がそれ以上彼らに言うことはなかった。

 選挙が終わってしばらくしてから高山議員の秘書から自宅に電話が入った。

 「議員が浅井さんと一度お会いしたいと申しております。いかがでしょうか?」と言われた。私には断る理由はないので快諾した。

 だがその後、高山議員サイドからは何の音沙汰もない。失礼な話だ。

 小沢さん、鳩山さん、若手議員には礼儀作法をきちんと教えてくださいね。

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