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私の視点 元日本兵の心の澱 その2

  終戦から10年以内に『俘虜記』『人間の條件』など、戦争体験を元にした小説が発表されて話題を呼んだが、それはあくまでも小説仕立てであり、事実そのものではない。もちろん、その後勇気を振り絞って事実を明らかにする手記も出されたが、「第一人称」で克明に事実関係を明らかにしたものはまれである。

 朝日新聞が20年ほど前だろうか、読者から戦争体験の手記を募集して長期にわたって特集したことがある。戦争の悲惨さを伝えるには充分すぎるほどの内容であったが、残虐な加害行為を包み隠すことなく明らかにする投書は少なかった。

 新兵の度胸試しに行なわれた刺殺訓練(銃の先につけた剣で現地人を刺し殺す)は、中には多くの新兵が集団で経験したと述懐する人もいるほど日常的に行なわれていたが、自らの罪を認める証言は数少なかった。

 子供の頃、私の周りでは多くの大人たちが「突撃一番」と呼ばれた避妊具を手に慰安所に並んでひと時の快楽にふけった話を卑猥に、そして自慢げに話し合っていたが、後ろめたい気持ちが時の経過と共に出てきたのか、その話ですら自分の体験として語る者はごく少数だ。

 また、人肉食の証言についてもこれまであまり語られることはなかった。

  日本軍は前線に食糧を補給せずに「現地調達」を基本としていた。米軍が全ての食事を本土から運んでいたのとは大きな違いだ。軍票(フィリピン人はミッキーマウス・マニーと皮肉を込めてそう呼んだ)という通貨を現地人に押し付けて食糧を入手していたが、戦争末期、軍票が価値を失うと、現地人からの食糧略奪が日常化した。

 さらに戦況が悪化。敗走に次ぐ敗走で飢餓状態となった南部戦線では、日本兵による「人肉食」は珍しいことではなくなり、それに困った軍部は、「友軍兵の屍肉を食す事を罰する(裏を返せば、敵兵の屍肉ならば許される)」布告を出している。ある連隊長は、「どんなことがあっても友軍の肉は食うな」と部下に命じて餓死して いる。

 終戦後、捕虜として収容所に集められた日本兵の間では、人肉食は大きな問題にはならなかった。と言うよりも、人肉食が収容所ではしばしば違和感なく話題に上ったということからして、「生きるためには仕方がなかった」というのが、兵士達の当時存在した共通認識と見るべきであろう。

  しかし、復員(帰国)した元日本兵たちは、自分たちに向けられた市民の視線が想像以上に厳しいことを知らされる。「万歳バンザイ」の歓呼の渦の中を戦地に送られた彼らが、激戦を戦い抜き、死線を彷徨(さまよ)って帰国すると、復員船から降りてくる際、故郷に向かう汽車に乗る時、「お前たちがだらしないから 戦争に負けたんだ!」と罵声を浴びせられようとは想像だにしていなかったのではないか。罵声を受けて大きな衝撃を受けた人は少なくない。

 帰国しても就く職もなく、穀潰し(註1)と言われ、肩身の狭い思いをして生きていた元日本兵の当時の胸中はいかばかりか想像に難(かた)くはない。そして、漏れ伝わってきた、戦時中に起きた「ひかりごけ事件(註2)」の話も、人肉食に関わった兵士を無口にさせたと思われる。

 こうして元日本兵たちが置かれた65年余の状況を考察してみると、彼らは加害者であると共に被害者でもあることが見えてくる。若くして地獄を見た上に、そこで経験した悪夢のような出来事を背負いながら戦後を必死に生きてきた。彼らは65年経った今、重い十字架を自分だけでは抱えきれなくなったのだ。一部の元日本兵の目に、突然姿を見せた「神直子」が救いの神に思えたとしても不思議ではない。


 筆まめな彼女の性格も幸いした。取材前に限らず、取材を終えてからもまめに手紙のやり取りをするのは傍から見ても大変だが、その姿勢はどんな忙しさの中でも一切崩していない。そのやり方が元日本兵の信頼を勝ち得てきたのだ。


 そう思って以前本ブログで紹介した事もある心理療法を大学院で学ぶ医師にその話をしたところ、「直子さんのやっていることが、カウンセリングになっているんですね」と高い評価を受けた。


 元日本兵が自らの犯した重い罪を明らかにするには、他人には理解できないほどの重圧があるはずだ。それだけに自らを鼓舞して心を開いた後に彼らが必要とするのは、気持ちの共有と「心のケア」だ。


 戦略に関わり指令を発していた上級将校は別にして、狩り出されて嫌々戦場に赴いた下級兵士たちなら、情状は大きく酌量されるべきである。


 それにしても、国から何の面倒も見てもらうことなく65年もの間、ただひたすら心に澱を抱え、耐え続けてきた元日本兵は他にも多くいるに違いない。


 私たちに課せられた役割は一刻も早くそれらの人たちの掘り起こしをして、肩の荷を降ろすお手伝いをさせていただくことだ。来年も今年同様、全力で臨むつもりだ。


 そんなわけで、皆さんのご協力も是が非でも頂きたいのです。もし周りに元日本兵がおられるようであれば、ご紹介ください。


【註1:穀潰し ごくつぶし
 無為徒食とも言う。働きもせず遊び暮らす人を指すが、兄弟の多い子供にも向けられた言葉


【註2:ひかりごけ事件】
 1943 12月に真冬の知床岬沖で難破した日本陸軍の徴用船の船長が、飢餓状態に置かれ、仲間の船員の遺体を食べて生き延びたという事件。当初は、その事実は知ら されず、英雄扱いされたが、後に人肉食の事実が発覚、一転して世間の批判の的となった。「唯一裁判で裁かれた食人事件」と言われるが、実際には死体損壊事 件として処理された。
 1954年、作家武田泰淳がこの事件を題材に小説『ひかりごけ』を書いたことからこの事件に再び注目が集まることになった。事件名もこの小説名に由来する。

 


コメント
浅井さんの記事を拝見して、私は正直、なぜ老いた元日本兵を探しだし、彼らの口から、戦時の上官の命令で行われた過酷な経験を聞き取って記録しなければならないのか、伝わるものがありませんでした。お仕事自体は大変であるとの認識はできますが、例えディーテルを積み重ねたところで、全体の枠組みはすでに見えているわけで、これまで朝日新聞が組織的におこなったディスコース収集の後追いより、明らかにすべきもっと大切な枠組みがあるはずで、この部分をなぜ浅井さんが作ろうとされないのか、私にはとても疑問であり、また興味のあるポイントです。

自分の「誤った」過去を語り始めた後期高齢者の元日本兵がなぜそれまで口をつぐんでいたのか、ですが、彼らを批判した若い季節の団塊の世代による攻撃と同じように、将来的には何も生まない個人的な情報となっているようですね。あの「H少年」に出てくる「男ねえちゃん」(当然浅井さんもご存知だと思いますが)のもとに「一銭五厘」の赤紙が届き、召集令状から逃げて、首を括ったという印象的なエピソードを思い起こしてみると、現実と乖離し、イデオロギーをなぞっただけの団塊の世代への元日本兵たちの空疎な批判など、本来なら反論する必要さえもないはずです。実際、団塊の世代が「洞ヶ峠」を決め込んで作った今の社会のモラルの惨状を見ると、おそらく元日本兵の胸を裂いて文章を綴っても、さほど将来的に意味があるとは思えません。もうあの手の取材は十分で、これから応用編に入っていく段階です。元日本兵の話は、あくまで個人的な体験の領域に酔い終わっている話ですから、そのまま墓場へ持って行かれた方がよいと思います。

しばしば太平洋戦争の体験者が若い世代を戦争に巻き込ませたくないと発言しますが、1945年8月15日以降、世界中で数知れない戦争が起き、他国が血を流しても、その都度日本は血を流さず利益を得てきたのは、まぎれもない事実です。日本ってどういう国なんでしょうね。戦後65年も語らなかった過去です、そのまま苦しんであの世にもっていかれても、今の世代は何の痛痒もないでしょう。戦争反対を叫ぶ一方で、戦争ゲームを楽しめる国民なのです。

「戦争の贖罪」と言うのは、自分が一番負担に感じることをする、お金の貢献でも、少額よりも多額、しかも長期間、自分自身のこととして・・・これらを積み重ねて行うことで、完成されていくものだと思います。ところが、今、過去の自分の戦争での過ちを告白することを重大だと思っている元日本兵は、そういう「贖罪を」してきたわけではないでしょう。告白したところで、ご自分だけ、精神的にすっきりしても、現実、戦争で今も無垢な人々が死んでいるのは認めなくてはなりません。BFPの公式HPに取材を受けた元日本兵の笑顔に満ちた写真が載っていますが、これは見る人によっては「自分だけの解放」のうれしい表情にしか見えず、あまりみっともいい写真じゃないと言う印象すら与えかねないません。いつだって、日本人はコミュニティ意識を欠く「独りよがり」なのです。これがニッポンのリアリティなんです。

  • まさゆき
  • 2010/12/27 9:51 PM
まさゆきさま

あなたのご意見とはかなりの違いがありますが、ご指摘の元日本兵の写真については、配慮に欠けたものと言われても仕方がありませんね。

私の取材したものではありませんが、削除するように手配しました。

ご指摘、ありがとうございました。
  • 浅井
  • 2010/12/27 11:25 PM
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