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被災地報告 その2

 石巻漁港のすぐ近くに並ぶようにしてある湊小学校と湊中学校。

 中学校の建物の4階に避難所があった。建物の右手には2台の車。
 時計の針は、午後2時46分で止まっていた。野球部が強いようで、結果報告の横断幕が掲げられていた。


湊中学校

 角度を変えると、津波の凄まじさが分かる。

湊中学 角度を変えて

 再び角度を変えると、3台のデイケアセンターの移送車が視界に入ってきた。中学校の校舎が安全だというので、近くのデイケアセンターからお年寄りが運ばれてきたのだ。その慌しい様子がこの写真から伝わってくる。

 防災無線は大地震が発生した時点でほぼ全てが機能を失っていたようだ。私が話した被災者の誰一人として防災無線を聞いたものはいない。

 津波は約一時間後に押し寄せてきた。海全体が盛り上がり、水面の上が激しい水しぶきと雲のようになっていたと言う。そして、この湊地区を襲ったのだ。

湊中学高齢者 

 避難所にいる若者の手を借りて4階にある避難所に残りの支援物資の全てを運び上げた。電池の重さは他の物資の比ではない。大西君が頑張って持って行ってくれた。

 手伝ってくれた若者たちに、お礼にとチョコなどのお菓子を上げると、飛び上がらんばかりにして喜んでくれた。

 女子中学生二人は黄色い声をヴォリューム一杯にして喜んだ。
 ひとりの子は「この子の家は一階まで水に浸かったから大変だよ」と言うので、「君の家は大丈夫だったんだ」と言うと、「ううん、全部流されたから余計な心配しなくてすむ」と作り笑顔で答えるのだ。言葉を失った。

 校舎の1階にお邪魔すると、職員室であったところでひとりの先生が泥で埋まった部屋の片付けをしていた。

 「家は大丈夫ですのでこうやって動けます。車ですか。どこかの家に突っ込んでしまったと思います」忘れてはいけないことだが、この先生も被災者なのだ。

湊中職員室で片付ける先生

 3月11日は午前中に卒業式が行なわれていたという。式の後に何か集まりが催されていたのだろう。紅白の幕が哀しい。

湊中卒業式のお祝い会場

 避難所の運営の手伝いにと、北海道の社会福祉協議会の職員が1週間交代で入っている。被災者の数が少ないので運営に大きな支障は無いと聞き、次の目的地である女川に向かった。

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