<< ヴォランティア活動が機能しないわけ | main | 一時帰宅を速やかに >>

教え子に励まされる

  昨日は一日都内。

 ブリッジ・フォー・ピース(BFP)の新旧理事会を午前と午後に分けて行ない、その後は予想外の展開で花見をした。

 2004年に妻直子が一人で始めたBFPも多くの支援者に支えられるようになり昨年、NPO法人となった。4人の2、30代の若い世代が理事を務め、私が監事に就いた。

 夫々が1年余頑張ってBFPへの評価もさらに多くの方からいただくようになった。

 11年度からは、BFPの活動を教育界に広めていく計画をしていることもあり、一橋大学から中野聡さん、聖心女子大学から永田佳之さんのふたりの教員に理事になっていただいた。おふたりには、豊かな知見と経験をもとに俯瞰した立場から指導して頂きたいと、三顧の礼をもってお迎えした。

 元々おふたりは長い間、BFPの活動に高い評価を与えてくださっており、BFPが目指す方向性に協力的だ。久し振りに有意義な時間を過ごさせていただいた。直子はそれから何度も「今日は良い日だったね」を繰り返した。

 会場となった東京広尾のJICA地球広場を出ると、永田さんに地球広場から程近い聖心女子大学の桜を見ませんかと誘われた。その後も忙しい理事達(ひとりの理事は出張先のラオスから戻ったばかり。理事会に空港から駆けつけていた)が次の予定に向かう中で、花見の大好きな我々は「行きます」とふたつ返事。

 丘の上のキャンパスには見事な桜並木が私たちを迎えてくれた。他に、一本の木に紅白の花びらを咲かす珍しい桜も私達の目を楽しませた。



 東日本大震災を契機に多忙を極める(ASEのスタッフのKが私の抱えている役割を数えてくれたら6本の指が必要であった)毎日の中で迎えられた「ひと時のやすらぎ」であった。もちろん感性を研ぎ澄ませば、この美しさの中にも、科学技術に頼るばかりに与えられた放射能という「負の財産」が見えないわけではないが、この場は悠久なる大地が与えてくれる自然の美しさに身を委ねたかった。

 自宅に戻り、近くの小学校に設けられた投票所で地方選挙の投票を済ませ、ASEのあるビルに行った。ビルの所有者の好意に甘えて空き部屋に置かせていただいている街頭募金で生じた大量の段ボールなどのゴミ処理をするためだ。

 ゴミ捨て場近くに設けられた市議会選挙立候補者の事務所前でビルの所有者に会った。選挙結果はまだ出ていなかったが仲間の選挙結果が待ち遠しい様子であった。

 4年前が思い出された。そう。あの年、私はこの町の市議選に立候補したのだ。「災害に強い街づくり−学校の建物の耐震化」が唯一の公約であった。結果は最下位で落選した。

 「今年だったら間違いなく当選したね」と直子が言ったが、私は「あれはあれで良かったんだよ。市政を緊張させることができたし、耐震化率もすごく上がったからね」と答えた。それは悔しさから出た言葉ではなく、本心である。4年間を市議会で忙殺されていたらやりたいことの半分もできていなかったはずだ。

 その後、久し振りに焼肉屋に行った。小さい頃からASEに通い、今は通学はしていないが交流のある教え子から「忙しい浅井さんが個人的に使って」とカンパをしてくれたので、お言葉に甘えて私が一番好きな焼肉料理で舌鼓を打たせていただくことにしたのだ。

 格別の焼肉であった。いつもにも増して五臓六腑に上手さが伝わってきた。

 充実した一日であった。週明けからまた頑張れるエネルギー(エナジー)を蓄えられた。

 拙文を書き終えたので、これから福島原発事故から避難してきた双葉町の人たち約1400人が暮らす、加須市の旧騎西高校に出かける。埼玉県外の方には分らないのは当然なのだが、これがまた遠いのだ。
 
 

コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
トラックバック
calendar
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    
<< October 2017 >>
selected entries
categories
archives
recent comment
recent trackback
recommend
recommend
recommend
links
profile
search this site.
others
mobile
qrcode
powered
無料ブログ作成サービス JUGEM