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福島の農業従事者達

 私の友人・知人が原発事故で大きな害を受けている。

 その中のひとりは福島市近郊にある果樹園に勤めていた若者だ。彼は農園主夫妻と意気投合して、これからは社会的に受け入れられにくい若者達に働く機会を与えたいと様々な夢を語っていたところだった。有機りんごの栽培も「奇跡のりんご」で有名な木村さんからの手ほどきを受けながら進めていた。原発事故が起きてすぐ、彼らは果樹園を離れて避難しながら「次の一手」を模索している。

 実家が福島県で農業や漁業を営んでいるという仲間もいる。東電の金銭バラマキのおこぼれに預かることのなかった地域だけに、「何で自分達がこんな目に遭わねばならないのか」との思いがあるはずだ。今年の稲の作付けを断念した農家もあれば、実行したところもある。作付けを終えた農家も秋になってそれが売れるかどうかの保証は得られたわけではない。

 そんな中でも取り分け心を痛めているのが、私が尊敬してやまない先輩のことだ。彼は全国的に有名な存在だったが16年前、職を投げ打って突然阿武隈の山奥に転居、世間をあっと驚かせた。彼が入植した先は福島第一原発から35キロ地点にある。

 「人生100年」と踏んだ彼が考えたのが、人生の残り半分をどう過ごすかだった。サラリーマンを続けて年金人生を送るか、それとも“約束された人生”ではないが、「より人間らしく過ごすか」であった。

 やがて「自給自足」の時代が来ると考え、彼は「農の世界」に入ることを決意するのである。そこから彼は自らの情報発信力を生かして「農の世界」から情報を発信し続けてきた。彼の後を追って農の世界に入った人も少なくはない。

 「毒は使わないよ」と農薬とは一切無縁の農業を実践してきただけに、今回の原発事故の影響は大きい。エッセーを連載する雑誌の最新号で「途方に暮れている」と書いていたが、本音であろう。

 今になっては昨日のことになるが、久し振りに連絡をいただき声を聞くことができた。人をひきつけるトークは相変わらずだが、心なしか声に張りが感じられなかったのは私の気のせいだろうか。

 それにしても原発事故は多くの人の人生を狂わせてしまった。我々は間違っても原発に再度希望を見出すことだけはしてはならない。

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