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天声人語子へ

 今朝の朝日新聞の「天声人語」は、中国のレイダー照射を街のゴロツキに例えて「ガンつけ」と批判した。

 オイオイ、何度も言うが、新聞が対立を煽ってどうする!後半部分で表現を和らげているものの、公器である新聞の代表的なコラムニストが「ガンつけ」と表現したらどんな意味を持ち、いかなる影響を与えるかを考えたのか。

 若かりし頃「ガン飛ばし」に明け暮れていた私の経験からも、そのような姿勢からは徒に状況を悪化させるだけで、いいものは何も生まれないと断言する。

 書き方から推して、天声人語子は恐らく「ガン飛ばし」の愚かさを体験していないのだろう。社会部記者感覚でそのような書き方をしているだけのように思われる。

 「ガン飛ばし」体験をしてもいないのに、この様な国の命運を分けかねない事例に例えるは愚の骨頂。「ガン飛ばし」経験者故に、私にはその愚かさが見えるのだ。

 私をそれに気付かせてくれたのは、戦争ジャーナリストの大先輩である岡村昭彦氏。

 ロンドンに住んでいた私のアパートを訪れた岡村さんは私と会うなり「君の眼は、反発の塊だな」と言って笑った。だが、その眼からは修羅場を潜り抜けた者のみが持つ鋭い眼光が放たれてきた。全てを見透かされている感じがした。

 岡村さんは、写真家土門拳氏の話をされた。土門さんの取材に同行した時のエピソードを紹介して私の好戦的で頑なな心をといてくれた。

 岡村さんによると、土門さんは取材中、常に笑みを絶やさなかったという。たとえ相手が喧嘩腰のヤクザであろうと微笑み続け、最終的には相手の顔に笑みをもたらしたという。

 そして、中東の戦場に向かう私に、岡村さんは「相手が拒否できない笑みを身に付けなさい」と言われた。それを身に付けるまで時間と経験が必要であったが、やがて私は「微笑み」という武器を持って戦場に行くようになった。
 

 レバノンの武装勢力に何度も拉致され拘束されたが、私の「武器」は確実に役立った。最初はいきり立ち、私を暴力的に扱った民兵達も話す内に強張った表情が和らいでいき、最終的には私の身を解き放った。

 そんな経験を持つからこそ、言いたい。

 天声人語子さん、間違ってもこのような場合に「ガンつけ」などと表現するべきではない。そのような言い方は、間違いなく読者に悪感情を植え付け、世論を「対立」に導くことになる。

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