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原発近くの獣医師の勇気

 原発事故から取る物も取りあえず避難、その後情報不足のまま転々と避難先を変えざるを得なかった“原発難民”たち。双葉町の井戸川町長(当時)はそんな中、役場機能を含めて“町ごと”埼玉県に移転すると決意した。

上田県知事が原発事故被災者の受け入れを発表すると、さいたまスーパーアリーナにはバスや車で続々と避難民が押し寄せた。力になれればと駆けつけた私の見た避難所の光景は、戦地でよく見るものであった。ボランティア・ステーションの立ち上げ等に関わるうちに、避難民との交流が始まった。子供の何人かが自分のペットの名前を挙げ、家に置いて来た事を悔やみ、その安否を心配した。

犬や猫を兄弟のように可愛がっていた子にとって「ペットを置き去りにして、自分だけ逃げてきた」との負い目は心に大きな負担となる。それからは、彼らの顔を見ると言葉を交わすようにした。だがだからといって、私に何が出来るわけでもなかった。

ペットのケアの大切さは、スーパーアリーナにいる県の職員に言っても深くは理解されず、厚い壁を感じた。「人間優先ですから受け入れと言われても」などと言う者もいた。非常時の想定をしたことのない役人には、目の前で起きていることを受け入れるのが精一杯との印象を強くした。

非常時には噂が飛び交うことが少なくない。あの時も多くの根拠のない情報が世間を惑わせた。その中に、ペットの話もあった。

ある話はネット上で急速に拡散、チェインメイルの形で私の目にも飛び込んできた。そして、しばらくすると読者のひとりから、その情報に対する見方をどうしたらいいか、どう対応をしたらいいかとの相談があった。

情報によると、福島から避難民達が高速道路をさいたま市に向かう途中、休憩したサーヴィスエリアで連れて来たペットを自治体職員から置いていくように命ぜられ、泣く泣く置き去りにしてきたとのこと。“情報”は、早く救出しないと高速道路を走行する車にひき殺されるとペットの救出を呼びかけていた。

その時には既に情報が拡散され、騒ぎになっていた。

「この情報には矛盾がある」と見てとった私は、ネタ元のNPO法人に問い合わせた。電話に出た人の声は不安定で、説明もしどろもどろ。私の怪しむ気持ちは確信に近くなった。スーパーアリーナで避難民が連れて来たペットの面倒を見る担当の私の仲間に聞くと、そんな話は避難民から聞いていないと言う。そこで私は、問い合わせてきた読者のみならず、他の読者にも「可能性が低いので冷静な対応が必要」と訴えて、色々なサイトに書き込んだ。中には感情的な反応をする人もいたが、丁寧に説明すると落ち着きを見せるようになった。

私が見て取った情報の矛盾とは「避難所が動物受け入れ不可であれば、乗車する前に注意をするはずなのに、途中でそれを言ったとする点」だ。日本の役人は優秀だし、良い意味でも悪い意味でも慎重だ。後で問題にならないように対策を組み立てることにかけては、最も気を配る人たちだ。彼らがそんな対応をするとは考えられなかった。案の定、その情報は何の根拠もない作り話であることが後日判明した。

被災地における「動物と人」のエピソードは、その後もマスコミで散見することはあっても、主要テーマではなかった。動物好きの私には、それが大きな不満だった。

そんな私の目に昨日、「子犬を掲げて叫んだ」という見出しが飛び込んできた。連載が始まってから読み続けている朝日新聞の「プロメテウスの罠」で、昨日から「原発事故後の動物と人」をテーマにした連載が始まったのだ。

第1話は、「いのちの記録」と題した「福1」から7キロの地点で動物病院(富岡町)を開業していた獣医師、渡辺正道さんの話だ。

大震災の翌朝、「今すぐ避難して下さい!」と触れて回る防護服姿の警察官の呼びかけに、渡辺さん一家は「どうせすぐに戻れるだろう」と着替えも持たずに避難したという。前夜に出されていた「原子力緊急事態宣言」については何一つ聞かされなかったのだ。だから、娘の飼い犬ポニョを連れて行こうという求めにも応じなかったという。ポニョは身重で、渡辺さんは翌日に帝王切開で出産させようとしていた。

娘の願いを聞き入れなかったのは、「事態は大したことはないだろう」との思い込みと「多くの預かっている犬を置いて自分の愛犬だけを持って逃げるわけにはいかない」という獣医としての矜恃(きょうじ)があったからだ。

「置いていく」 と決断すると、中2の娘は「バカ、バカ。お父さんなんか死んじゃえ」と泣いて抗議し、渡辺さんと口をきかなくなった。

「大したことはないだろう」との思いが打ち砕かれたのは、それからすぐだった。原子炉建屋内で次々に爆発が起きたのだ。渡辺さんの心中たるやいかばかりであったかと読んでいて心が痛くなった。

その悔しさがどれほどだったかは、渡辺さんが3月19日に恐怖に震えながらも決死の覚悟で自分の病院に戻ったことひとつで容易に想像できる。

動物病院にいた20匹の犬猫の内5匹は息絶えていた。

愛犬のポニョは生きていた。しかも、1匹だけだったが、子犬を自力で産んでいた。

「うおおおおお」

渡辺さんは生まれたばかりの子犬を掲げて、丘の上に立つ我が家から雄たけびを上げた。そして、大声で叫んだ。

「東電、見ろよ。こんな状況でも動物は生きてんだぞ。俺だって立ち上がって、必ず復興させるからな」

そうして渡辺さんは決死の覚悟で病院から生きていた犬猫全てを連れ出し、三春町で納屋を借りて世話を続けた。飼い主には、辛かったが事実を伝えた。

これだけの勇気ある行動に、ペットを失った飼い主は現実を受け入れられなかったようで、渡辺さんの勇気を称えるどころか、中には遠慮がちとはいえ「もう少し早く連れ出せなかったのか」と言う人もいたというから言葉を失う。

今後このシリーズがどのような展開を見せるか。注目していきたい。


コメント
「原子炉が次々に爆発→原子炉建屋が次々に」と訂正します。
  • 浅井
  • 2013/03/28 2:44 PM
管理者の承認待ちコメントです。
  • -
  • 2015/09/26 8:49 AM
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