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安倍総理の強気発言と靖国問題の本質

 TVのニュースで、安倍晋三首相が24日の参院予算委員会で中国や韓国が麻生副総理の靖国神社参拝に反発していることについて「国のために命を落とした英霊に尊崇の念を表するのは当たり前だ。わが閣僚はどんな脅しにも屈しない。その自由を確保している」と述べた。野党からの批判に対しても「(海外からの)批判に痛痒(つうよう)を感じず、おかしいと思わないほうがおかしい」と反論していた。

 安倍氏は総理の座に復帰して間が無いのに早くも馬脚を現したようだ。

 総理になってからの安倍氏は、野党の追及やマスコミの取材に対して余裕の表情で対応している感があり、「もしや政権の座から降りざるを得なかった悔しさが彼を成長させたか」と言う永田町スズメもいたほどだ。

 だが、今日の答弁では「元の安倍晋三」に戻ってしまった感がある。野党議員のそれほど鋭くも無い追求に感情的になり、一国の首相とは思えぬ感情を露にした答弁をした。

 こうなると勘繰りを入れたくなるのが、我々ジャーナリストだ。この日、来日中のバーンズ米国務副長官が突如首相官邸に来て加藤官房副長官と会っている。話の内容は、閣僚の靖国参拝について日本政府の考え方を質したということだが、オバーマ大統領からのメッセジが相当きつかった可能性がある。

 または、午前中に皇居に行って叙勲の内奏(天皇への報告・説明)をしており、気持ちの高ぶりがあったのかもしれない。

 そんな安倍首相の心の動きは別にして、皆さんには「靖国問題の本質」を知っておいていただきたい。これまで何度も書いてきたが、この議論にはいくつかの「見えにくい本質」があるからだ。

  靖国」論議を聞いていると、政府見解のぶれ、大物政治家たちの放言と“靖国パフォーマンス”、A級戦犯合祀の隠された事実、昭和天皇と東条英機の関係といったこの問題の本質というべきことがほとんど語られていないことに気付く。


  政府見解については、三木政権下で「公式参拝は違憲の恐れあり」と決定的な謝罪を表明したかと思うと、頃合いを見計ったかのように8月15日に公式参拝を始めたり、「神の国」発言で被害国の神経を逆撫でする首相が現れた。このように「謝罪」と「不穏当発言」を繰り返す事が問題であるはずなのだが、いつの間にか「中国や韓国は何回謝れば気が済むのか」との国内世論ができつつあるのが現状だ。


  A級戦犯合祀についても、1978(昭和53)年に神社内に緘口令を敷く形までとって靖国神社が強行したこと自体大きな問題であるはずなのに、マスコミや専門家からは大きな疑問として上がってこない。昭和天皇と東条英機との関係にいたっては、歳月の経つのは恐ろしいものだ。あれほど敗戦直後には天皇が東条を忌み嫌っていたのに、後に東条を評価するような発言をした(天皇の立場からすれば、“下衆”をなじれば、同じ土俵に立ったことになる)ことから両者が互いの立場をかばい合っていたとする発言もみられる。


  私は以前、文献や資料を読み漁るうち、「靖国神社正式参拝関係年表」から重大な発見をした。敗戦直後から毎年ではないものの数年置きに靖国神社を参拝(正式には「御親拝」という)していた昭和天皇が、A級戦犯合祀が行なわれる1978年の3年前に参拝して以来、靖国に踏み入れていないのだ。


  そこから色々調べてみると、靖国への合祀には天皇への「上奏(天皇への事情説明)」が必要なのに、靖国側はその手順を取っておらず、合祀を巡って天皇と靖国の間に確執があった事が浮かび上がってきた。


  まず、靖国神社の合祀の手続きについてだが、

 1.厚生省(現厚生労働省)引揚援護局が回付した戦没者カードによって合祀者と合祀基準(靖国神社作成)とを照合、「祭神名票」を靖国に送る。

 2.靖国神社は「霊璽簿」に氏名を記入、遺族にその旨を通知する。

 3.例大祭(年2回)の前夜に合祀の儀式を行なう。

  という順序で行なわれる。


  ところが、A級戦犯に関しては、2番の途中で行なうはずの天皇への上奏が行なわれなかったのだ。そして、14人のA級戦犯が秘密裡に合祀された。


  つまり、「天皇の神社」として明治時代に作られ、敗戦によってその形態は変わったにせよ今もなお「天皇制」を精神的支柱としている靖国神社が、天皇を裏切ってA級戦犯を合祀したのだ。


  恐らく靖国側とすれば、昭和天皇の「東条嫌い」を知っていただけに、上奏すれば反対されると踏んだのだろう。だが、これは右翼や民族主義者にとっては聞き捨てならない話のはずだ。別にけしかけるわけではないが、右翼がなぜこのことを荒立てなかったか未だに不思議だ。


  そして、東条本人についても、その立場についての一般的な理解が怪しくなっている。東条英機が開戦時の首相であったというだけでヒトラーとは違うという擁護も聞かれるが、東条は「陸軍生まれの陸軍育ち」の生粋の軍人で、軍部を開戦に突き進ませた中心人物だ。

 最近では「開戦直前まで非主流派で不遇をかこっていた」などとまるで東条が昭和10年代は軍部の中心人物ではなく、首相にも仕方なくなったかのように言う論調が目立つが、東条こそが1936(昭和11)年の「2.26事件」に代表される皇道派(天皇親政派)を抑えて陸軍内部の主導権を握った統制派の中心人物であったことは疑いようもない事実だ。開戦直前の1941年10月に近衛内閣を崩壊させ、事実上のクーデターを起こしたのも誰あろう東条英機だ。これを「ただの開戦時の首相」などと言う人には、今一度歴史を紐解かれよと言いたい。


  他の議論の多い問題でもそうだが、このようにして論議がいつの間にか核心からそらされていき、事の本質が人の記憶から消し去られていく。靖国問題はまさにその典型である。
 

 安倍政権幹部の勇ましい発言がどのような影響を隣国との関係にもたらすのか。私たちは冷静に考えていかなければならない。そして、どんな形にせよ、自分達に合った形の意見表明を市井一人ひとりが粘り強くしていくことをお願いしたい。

 


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